ティルトクンチョノはじめての演奏会/滋賀県水口町碧水ホールにおけるガムランプロジェクト 『ティルトクンチョノはじめての演奏会』プログラム 2004.2.8
最新 2004.3.1


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2004年2月8日に碧水ホールで開催された「ティルトクンチョノはじめての演奏会」のプログラムからhtml 版です。

 プログラムノート「文化的跳梁の現場・ルーハリソンとアメリカ現代音楽」中川 真●大阪市立大学大学院教授・マルガサリ主宰


(表紙)


日時 2004年2月8日日曜日
     午後3時開演


会場 碧水ホール






1
祝 辞

水口町長 西川勝彦 
  
 ガムランアンサンブル「ティルトクンチョノ」の皆さんが演奏会を開催されますことを心からお祝い申し上げます。
 今日の演奏会のために力を尽くされたグループの皆さんをはじめ、ご指導をいただいた先生方、関係者の皆さんの熱意とご努力に対して深く敬意を表します。
 このように、多様な文化や芸術に接する場として、碧水ホールをはじめとする文化施設が住民の皆さんによって活用されていることはまことに喜ばしいことです。優れた芸術に接することはそれ自体が喜びですが、それにとどまらず、実際に自分で体験したり、創造することから得る理解や感動の深さには格別のものがあります。
 また、近年の国際化を考えると、この活動が特にアジアに対する興味と理解を広げると言う点にも期待します。古来、日本はアジアからたくさんのものを学んできました。この優美なガムラン楽器群からもさらに沢山のことを学ぶことができるでしょう。
 まちづくりや、この地域の未来を考える上で文化、芸術からの視点を忘れないことは大切です。今後とも、この特色のある活動が市民とホールの協力で進められ、様々な成果をあげられるよう期待しています。
お祝いのことば

水口町教育長 太田 正  

 碧水ホールで活動するジャワガムランアンサンブル「ティルトクンチョノ」の皆さんがはじめての演奏会を開催されますことを心からお祝い申し上げます。
 目にも艶やかなその楽器群をホールが保有し、地域の人たちにより広く多様な音楽・芸術体験を提供しようという試みが、早くもこのような形で実を結びつつあることを心から喜んでいます。
 ご指導をいただいた中川真先生をはじめ、ご理解とご協力を賜りました関係者の皆様に深くお礼申し上げます。
 楽器にはその国の文化が詰まっていると言えますが、さらにガムランは伝統音楽、伝統楽器であるというにとどまらず、現代の音楽としても注目されています。ガムランアンサンブル「マルガサリ」、作曲家野村誠氏などによる「桃太郎」のシリーズや、市民参加による新作などが、この碧水ホールで生まれています。
 今回のプログラムにもヴァイオリンなど西洋楽器との合奏、この地に伝わる昔話からの創作など様々な先進的な試みや工夫がうかがえます。
 この活動を通じ、音楽の新しい見方、楽しみ方を体験する人たちが徐々に増えて行くことを願っています。
 本日の演奏会のご成功を心からお祈り申し上げますとともに、さらなるご活躍を期待してお祝いのことばとします。





2

ごあいさつ


ティルトクンチョノ
代表 岩井義則
本日はようこそ、ティルトクンチョノ「はじめての演奏会」にお越し頂きありがとうございます。心よりお礼申し上げます。

 碧水ホールにおいて平成13年から14年にかけてコンサートと共に開かれたガムランワークショップ(中川真監修)の受講生が中心となり、平成14年7月にティルトクンチョノが結成されました。以来、メンバーは仕事や家庭を持ちながらも週一回の練習に参加し研鑽を積んで参りました。
 初めての舞台発表は平成15年6月29日「まなびの体験広場」(水口町教育委員会、同実行委員会主催)のステージ出演です。また、同年8月、11月のマルガサリ公演・「踊れベートーヴェン」(野村誠作曲)の演奏に賛助出演、児童館(小学生)や公民館向けのワークショップなど地域の社会教育にも積極的に関わりを持っています。

 結成から一年経った昨年の7月、「そろそろ定期演奏会を」との話が出て、本日の演奏会の話がトントンと決まりました。しかし、お越しになったお客様に本当に楽しんで頂ける演奏会となるのだろうかという不安がありました。
 その不安を払拭してくれたのが、中川先生の大胆なプログラムでした。本日の最後のプログラムとなっておりますルー・ハリソン作曲の「ヴァイオリンとチェロとガムランの為の二重協奏曲」です。ジャワガムランはヨーロッパのオーケストラの地平を越えうるものとして、多くの現代音楽の作曲家達の注目を集めてきました。この曲は中でも有名なもののひとつです。本日は中川先生のクンダン(太鼓)、ヴァイオリンに立花礼子さん、チェロに野田祐子さんを迎え、充実したソリストのもと、きっと皆様にご満足頂ける演奏になるものと確信しております。

 もう一つの目玉がティルトクンチョノ・オリジナル「和尚さんとたぬき」です。この作品は水口の酒人に伝わる民話を題材に創作し、先の「学びの体験広場」で試演したものですが、今回は人形劇サークル「いちごじゃむ」の皆さんのご協力をいただき、一段とグレードアップしました。ティルトクンチョノ作詞、作曲の音楽、「いちごじゃむ」の絶妙な人形回しや台詞が見所、聞き所となっています。

 最後になりましたが、本演奏会を開催するにあたり、後援を頂いております水口町、水口町教育委員会、企画・監修を頂きました中川真先生、家高洋先生、並びに出演頂きます各ソリスト、グループの皆様、本当にありがとうございました。岐阜のガムラングループ「スカルムラティ」の活動にめぐりあえたのも幸運なことでした。

 学生時代に、民族音楽の研究で著名な小泉文夫氏が日本に紹介したガムランを聴き、それまでにない衝撃を感じました。それから幾歳月が過ぎ、碧水ホールで再びガムランに巡り会ったことのよろこびを、皆様と分かち合いたいと思います。
 どうぞごゆっくりお楽しみください。




3プログラム
プログラム

ジャワガムラン伝統曲
 シグロマンサ 
  Ladrang Sigramangsah laras Slendro pathet manyura

 トロポンガン 
  Lancaran Tropongan laras Pelog pathet lima

 ティルトクンチョノ 
  Ladrang Tirtakencana laras Pelog pathet nem

解説 ワークショップの皆さんとともに

創作「和尚さんとたぬき」
  
          休憩

ジャワガムランと声明の試み
  「ガムラン経 五念門」

ヴァイオリンとチェロとガムランのための二重協奏曲:ルー・ハリソン
Double Concerto for Vn.,Vc. with Javanese Gamelan (1981-82)

  i Landrang EPIKUROS/Pelog,lima
  ii Allegro Molto Vigroso "Stampede"
  iii Gending HEPHAESTUS/Slendro





4 出演・プロフィール 
出 演
 ヴァイオリン 立花礼子
 チェロ  野田祐子
 クンダン 中川 真
   (ヴァイオリンとチェロとガムランのための二重協奏曲)


 声明    岩井義則
 グンデル・バルン 家高 洋
 グンデル・プヌルス 東山真奈美
 ルバブ   西 真奈美
 ガンバン   西田有里
     (ジャワガムランと声明の試み)


 人形劇 いちごじゃむ
   和尚さん 鎌田紀子
   たぬき  中瀬恵子
   村人  蓮見芳子
   語り  杉本三穂
     (創作「和尚さんとたぬき」)

 ジャワガムランアンサンブル
ティルトクンチョノ
 鹿野真理子
 岩井義則
 長谷川嘉子
 坂本準子
 中村道男
 伊藤久子
 尾関ひとみ
 田中あゆみ
 宮城亜梨紗

スカル ムラティ
 小原典子
 須田裕香

協 力
 マルガサリ
 スカル ムラティ
 いちごじゃむ

 ガムランワークショップ参加者の皆さん

 碧水ホール

監 修  中川真

後 援  水口町 水口町教育委員会
中川真 なかがわしん クンダン・企画監修
 サウンドスケープ、サウンドアート、東南アジアの民族音楽を主な研究領域とする音楽学者。ジャワガムランアンサンブル「マルガ・サリ」代表。京都音楽賞、小泉文夫音楽賞、サントリー学芸賞を受賞。
 著書に『平安京音の宇宙』など、最近には高橋ヨーコ(写真家)とともに日常の「音」をテーマに冒険小説「サワサワ」を上梓、フィールドワーク研究の新しい発表のスタイルとして注目されている。
 2001年9月、ガムラン楽舞劇「桃太郎第1場」の初演、以来、碧水ホールでの企、画監修に携わる。

立花礼子 たちばなれいこ ヴァイオリン
 4才より才能教育研究会にてヴァイオリンを始める。毎日学生音楽コンクール西日本大会高等学校の部第2位。兵庫県立西宮高等学校を卒業後、フランス国立リヨン高等音楽院にて学び、1994年同音楽院を卒業。1995年、ヨーロピアンファンデーション・モーツァルトアカデミーに所属、室内楽を中心としてコンサートツァーに参加。1996年、帰国後初のリサイタルを開催。
 1998年、ギターの溝淵仁啓とDUO BOSMARを結成、2001年5月に1-stCD「デキャラージュ」をリリース。現在、京阪神を中心に様々な演奏活動を行い、また、母校での後進の指導にもあたる。
 1999年1月、碧水ホール「ニューイヤーコンサート」でソリストとして出演。

野田祐子 のだゆうこ チェロ
 11才よりチェロを始める。京都市立芸術大学音楽学部卒業。1996年ながのアスペンミュージックフェスティバル、1999年いしかわミュージックアカデミーに参加。姫路市新人演奏会に出演。2000年、姫路市交響楽団と共演。これまでに小倉良子、上村昇、高田剛志の各氏に師事。

いちごじゃむ  人形劇  平成10年に結成された水口の女性4人の人形劇のボランティアサークル。地域の図書館、保育園などで、子ども達を前に手作りの人形で活躍。絵本を題材に人形劇「サルの先生とへびの看護婦さん」他、ペープサート、パネルシアターのレパートリーも。

マルガサリ ガムランアンサンブル
 1998年に誕生したグループで、大阪府豊能町のスタジオ「スペース天」を本拠としている。野村誠をはじめ多くの作曲家がこのグループのための新作を寄せる。インドネシア国立芸術大学と提携し、舞踊劇『千の産屋』他の共同作品を生む。現在は楽舞劇『桃太郎』制作に取り組み、全5場が2005年に完成予定。2003年に初のCD『ガムランの現在 Vol.1』をリリース。メンバーは20名、代表は中川真(大阪市大大学院教授)。音楽顧問はシスワディ(インドネシア芸大教官)。

スカル ムラティ ガムランアンサンブル
 2000年6月に発足した岐阜県各務原市のジャワガムランアンサンブルグループ。主宰尾関ひとみ。尾関夫妻がジャワ滞在の際入手した楽器群を持ち帰って始めたもの。
名前は「ジャスミンの花」の意。2002年7月ティルトクンチョノの発足、マルガサリとの邂逅を契機に交流と定期的な練習会を始める。演奏会なども計画中。






5 プログラムによせて
文化的跳梁の現場・ルーハリソンとアメリカ現代音楽

中川 真 
●大阪市立大学大学院教授・マルガサリ主宰


 「あなたは、ひょっとしてルー・ハリソンさんじゃありませんか?」
  「きっと、そうだと思うよ」

 こんな会話から、ハリソンとの出会いが始まりました。1991年のこと、場所は京都 のあるホールでした。その前にアメリカ文化センターから連絡があって、ハリソンが 京都に来ているから、会わないかという情報があったのです。初対面からのこのジョー クで、私たちの出会いは親密な雰囲気に満たされました。

 彼の『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』を日本初演したのが、1989年6月、東京のバリオ・ホールででした。当時、ダルマブダヤというガムラン・グループ を主宰していた私は、日本のみならず世界各地で生み出されるガムランの新作を上演 することに大きな情熱を傾けていました。アメリカ合衆国にジョディ・ダイアモンド が代表をつとめるガムラン協会というのがあって、『バルンガン』というガムラン音 楽に関する定期刊行物を発行しているのですが、彼女に手紙を書き、アメリカのユニー クなガムラン新作の情報を教えてほしいと尋ねたところ、いくつかの作品(ハリソン の他にポーリン・オリヴェロスもあった)のなかに、これがあったのです。丁寧にテー プまで送ってくれました。それを聴いたとたん、「これをやろう!」と心に決めたの です。

 ルー・ハリソンは1917年にポートランド(オレゴン州)に生まれ、ヘンリー・カウェ ル、アーノルド・シェーンベルクに作曲を学びました。当初は極めて厳格な「12音 技法」「無調」の作曲技法を学びました。西洋音楽の伝統の浅い合衆国で、現代音楽 の王道をとりあえず学ぼうというのは、とても理解できることです。しかしながら、 現代音楽で主流の位置を占める打楽器(車のブレーキ・ドラムまで含む)との出会い が、逆に彼をオーソドックスな作曲法からの離脱、さらには近代的な12平均律(ピ アノの音階に代表される均等な音程をもった半音階の列)の棄却へと導いていったの です。簡単にいうならば、平均律の無個性な音階を捨てて、古代や中世、はたまた民 族音楽のもっている独特の音階や旋法を採用しよう、さらに新たな音階をつくろうと するのです。そこに豊かな音楽の水脈があることを確信して。その背景にはハリソン の天才的なメロディづくりのうまさがあったことが見逃せません。生来のメロディメー カーであったハリソンにとって、無調で作曲することは苦痛でしかなく、陰翳に富ん だ旋法に彼の音楽性はフィットしたのです。彼がガムランを好むのも、以上の理由か らだろうと思います。

 このようなハリソンの作曲家としてのあり方は、実は合衆国では、大きいとはいえ ないにしても、ひとつの流れのなかにあります。アメリカの実験音楽家の系譜に連な る人物として。では、このアメリカ実験音楽とは何かということですが、先ほども指 摘したように、合衆国には西洋音楽の伝統は薄い。古典派やロマン派的な作曲家もい たようですが、水準はそう高くなく、正統的な西洋音楽の歴史学者からは殆ど無視さ れています。西洋音楽の文脈のなかで大家と呼ばれるような作曲家は、おそらくコー プランドが初めてではないでしょうか。

 一方、合衆国の独自の音楽伝統のなかから西洋音楽に寄与する作曲家も20世紀に なって現れてきました。例えば、ジャズに基礎をおくガーシュインなどはその典型で しょう。ジャズをベースとしたミュージカルと深いつながりをもつ作曲家、バーンス タインなども、いかにもアメリカ的な作曲家です。さきほどのコープランドもそうで すが、彼らの音楽は一様に聴きやすい肌触りをもっています。私の印象からすれば、 ちょっとコクと深みが足りないような気がします。もちろん、そういうのがあるから 音楽が上等だとか高尚だとかいうつもりは全くありません。単に、好みの問題です。

 さらに、これらとは異なる一群のグループ、いわゆる実験音楽派こそが、とてもユ ニークなアメリカ音楽文化だと思うのです。ただし、大衆的な支持はさほどなかった ことは認めざるを得ません。この実験音楽派は、通例、チャールズ・アイヴズを筆頭 に置いています。この19世紀の作曲家は、マーラーなどが後期ロマン派の爛熟した 様式を追求しているときに、全く独自の方法で「無調」に突入していたのでした。い ま聴いても、アイヴズの交響曲は新鮮です。職業音楽家ではなかった彼の音楽が、当 時、理解されなかったのは当然ですが、ハリソンは後にアイヴズの交響曲第3番の初 演の指揮をしています。

 アイヴズ、ハーリー・パーチ(創作音具)、ヘンリー・カウェル(プリペアド・ピ アノ)といった、いわば「変人」の流れのなかにハリソンは位置づけることができま す。ジョン・ケージ(1912-1992)は、ほぼ同級生と言ってよいでしょう。個人的な ことですが、私が初めてハリソンの音楽と出会ったのは、彼のケージとの共作『ダブ ル・ミュージック』を演奏したときのことです。これはカウベルやブレーキ・ドラム などの打楽器の合奏音楽なのですが、実にガムラン的な響きがして親しみを感じまし た。そのケージにもまた『HAIKAI(俳諧)』というしみじみとしたガムラン作品があ ります。

 このアメリカ実験派というのは、実験という名前が示すように、結果にあまりとら われない考え方をもっている人々のことを指します。ヨーロッパの西洋音楽の伝統で は、本流の徹底的批判の上に成立しています。20世紀の初めに現れたシェーンベル クは、それまでの調性システムをひっくり返して、新たな無調のシステム(あるいは 12音音列のシステム)を提案し、大きな変化を生み出したのですが、基本的には従 来の語法を前提としています。ハ長調やト長調があってこその無調なのです。ところ が、先ほどから紹介しているアメリカ実験派の人々は、そういった既成のシステムを 前提としていない。システムそのものの捉え方を俎上にのせています。例えば、ハリ ソンは私たちが使っているドレミという音階ではダメだと言った。ケージは車のクラ クションや人の足音もまたピアノやヴァイオリンの音と等しく音楽の素材になり得る と言った。カウェルはピアノには鍵盤を弾く以外の奏法もあることを発見した・・・。 いわば、彼らは「場外乱闘」に持ち込んだのです。そして、当たり前のことですが、 場外乱闘はけっこう面白い。でも、規律や秩序を重んじる人からすれば、眉をひそめ るべきことでもあるのです。その後、実験派は、これこそ戦後のアメリカ音楽を代表 するミニマル音楽を生んだことは記憶に新しいと思います。

 さていよいよ本題ですが、『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』 (1981/82)は3楽章を擁する堂々たる大曲です。第1楽章はペロッグのヌム調(ヴァ イオリンとチェロは二短調)で書かれ、ガムランによる前奏ののち、秘めた情熱を思 わせるような上昇音型によって2人のソリストが主題を歌う。それは徐々にたかまり をみせて圧倒的なエンディングに続きます。第2楽章は間奏曲とみえる軽快な楽章で、 ソリスト2人とクンダン(太鼓)による3人の合奏で、速いパッセージのやりとりを おこないます。第3楽章はスレンドロのマニュロ調(同変イ長調)。ガムランの前奏 ののち、ヴァイオリンとチェロがのびやかで、どこか懐かしい旋律を歌い、高揚感あ ふれた終幕を迎えます。

 聴きどころは、もちろんガムランと西洋楽器(ヴァイオリンとチェロ)の出会いが 第1、そしてメロディメーカーの面目躍如たるハリソンの旋律が第2です。旋律とも かかわることですが、ガムラン楽器の方は金属楽器が中心であり、音の高さは固定さ れています。そして、ペロッグ、スレンドロ両音階とも、西洋の音階とは大きく異なっ ています。つまり、第1楽章ではソリストはペロッグの音階に近づかねばならない。 そして第2楽章では相手が太鼓だけですから、ここでは西洋の音階に戻る。そして第 3楽章ではスレンドロの音階に変わるので、こんどはそちらに寄り添わねばならない。 ヴァイオリンとチェロは「楽譜通り」にひくとガムランと音階が合わなくて、「間違っ ているように」あるいは「調子っぱずれ」にきこえます。これは演奏者にとってはと てもつらく、また挑戦的な状況であります。そのあたりをじっくり見守っていただき たいと思います。さらに、よく考えてみれば、この曲を演奏しているほとんどが日本 人であるということ。これもまた文化的跳梁のひとつの現場であるといえるでしょう。

 ルー・ハリソンは2003年2月に亡くなりました。本日の演奏を彼の音楽の魂に 捧げたいと思います。また、この作品は本年3月7日に大垣ビエンナーレにて、また 7月17日にジョクジャカルタ市にて、それぞれ異なる演奏家によって演奏される予 定であることを付言しておきます。
ジャワガムランの伝統曲

西 真奈美●マルガサリ

シグロマンサ
Ladrang Sigramangsah laras Slendro pathet manyura
 「シグロマンサ」とは、「共に戦う」戦いの歌。金属性の打楽器と太鼓のみで演奏さ れます。ジャワでは、こういった打楽器のみの曲を演奏会のはじめに演奏して、人 々に会の始まりを告げ、気持ちを盛り上げます。青銅の響きにはごくわずかな音のず れが生じるように調律されており、そのズレがなんともいえない音波をつくりだしま す。 ガムランという楽器のもつ「音の魅力」をお楽しみください。
 
トロポンガン
Lancaran Tropongan laras Pelog pathet lima  
 「トロポンガン」の意味は定かではありません。そういう時、ジャワ人は「人の名 前と同じだよ。この曲はそういう名前なのだ。」と説明してくれます。ジャワの伝統 曲は作曲者が定かでない曲も多く、そもそも本来的には楽譜というものがありませ ん。 (近代になってからは楽譜化が考案され、現在の学校教育では楽譜を用いた指 導も取り入れられています。しかし深く学べば学ぶほど楽譜は使わなくなります。) 耳で覚えて受け継がれてきた何千という伝統曲は、今日まで多くの人に愛され、 洗練されてきました。西洋音楽とは少し違った成長の過程を持つガムラン。「楽譜におさまりきらない音楽」というのがガムランの特徴の一つです。  
 「トロポンガン」は伝統曲の中でも短い曲ですが、いくつかのバリエーションで演 奏 されます。軽快に始まる冒頭部分。そしてゆったりとした中間部分では、ルバブと呼 ばれる弦楽器やガンバン(木琴)、グンデル(共鳴空をもつ鍵盤楽器)などがやさし い 音色で彩りを添えます。そして軽快なテンポに戻ってエンディング を迎えます。そ の 間、主旋律はずっと同じメロディをひいています。テンポの変化によって変わってい く曲の表情をお楽しみください。

ティルトクンチョノ
Ladrang Tirtakencana laras Pelog pathet nem    
 「ティルトクンチョノ」はこのグループの名前ですが、実はジャワの伝統曲に同名 のものがあります。「金色に輝く水、さざ波」という意味の通り、 美しいメロディ の波紋が場に満ちていくような後半部分と、穏やかな前半部分があ り、 歌も入って にぎやかに曲を紡いでいきます。
 水口町という地名も、碧水ホールという場所も「水」と関係があり、そのグループ が演奏する「ティルトクンチョノ」は、今日一体どんな水面を見せてくれるでしょう か。市民によるガムランの演奏グループは、まだとてもめずらしいものです。これか らも「金 色に 輝く音のさざ波」をつくりだしていくグループとして、大きく成長し ていか れることを期待しています。





ガムランと声明の試み〜ガムラン経五念門〜

岩井義則●ティルトクンチョノ代表

 声明(しょうみょう)は梵唄(ぼんばい)とも言いまして、梵唄とは梵土(インド)の唄という意味です。経文に節をつけてお称えする、所謂佛教讃歌であります。  538年佛教がわが国にもたらされた際、その教えと共に伝わったと考えられています。752年奈良東大寺の大佛開眼法要が営まれた折り、約一万人の僧侶が出仕して声明が称えられたというのは特別な例ですが、古くは各地で声明が称えられました。しかし、今日では限られた寺院で特別な法要に用いられるのみとなりました。  一般にはあまり馴染みのない声明ですが、音楽的には素晴らしい内容を持っており、少しづつではありますが儀式に関係なく公演というかたちでホール等で披露させる機会も出てきました。
 人々の幸福を願って称えられる声明と、聞く人を幸福にさせるガムランを掛け合わせて何か出来ないだろうか?私はティルトクンチョノに参加してガムランを学ぶうち、そう考えるようになりました。「声明」と「ガムラン」、私の心の中でこの計画はすでに壮大なものになっています。

 本日皆様にご披露する「ガムラン経 五念門」は、その最初の試みとして古式の十夜法要で用いられる「五念門」にクンダン、ルバブ、グンデル、ガンバンを加えて、その可能性を探るものです。



6
ティルトクンチョノのあゆみ





2002年 7月ガムラン教室発足
  指導 中川真・家高洋・マルガサリ
  毎週水曜日夜の練習会はじまる
 9月パニョト氏(インドネシア音楽大学)の指導を受ける
10月「ティルトクンチョノ」命名
   ホームページ開設
12月公開練習会「一日中ガムラン」

2003年6月「まなびの体験広場」で演奏
 創作「和尚さんとたぬき」他、
 スカルムラティ(岐阜県)との交流始まる

 8月「踊れ!・・」の演奏にメンバーの一部が参加

 9月パバンバン氏(インドネシア音楽大学)の指導を受ける。
12月公開練習会「一日中ガムラン」

2004年2月「はじめての演奏会」
 ルー・ハリソン「ヴァイオリンとチェロとガムランのための二重協奏曲」
 岩井義則  「声明とガムランの試み」他
 3月キッズ・フェスタ出演
関連の出来事
2001年9月「ガムランによって何が可能なのか」上演
  マルガサリ(中川真主宰)による伝統曲と舞踊、
   スンドラタリ「桃太郎第1場」(作曲:野村誠)
  演奏、舞踊体験ワークショップも

2002年春 碧水ホールがジャワガムラン楽器群を保有
6月水口町国際交流協会総会で公開
  解説 佐久間新(ジャワ舞踊家)
  6月ワークショップ(「まなびの体験広場」で)

9月マルガサリ+インドネシア音楽大学の教授達合同
  公演「千の産屋・イザナギ、イザナミの物語」上演


2003年2-3月ワークショップ(演奏編・ジャワ舞踊入門編)

  6月マルガサリ、大阪、イズミホール「新音楽の未来 
   への旅」シリーズで公演、cd制作
8月「音楽ノ未来・野村誠の世界」で、伝説の作品
   「踊れ!ベートーヴェン」の6年ぶり上演、ワーク
  ショップによる新作「スケ子ッ!!!」初演
 9月ガムランコンサート「桃太郎第2場、第3場」
  (マルガサリ+野村誠、林加奈)

2004年2月 ガムランワークショップ
 


●参加者募集中
ティルト クンチョノ
 碧水ホールの保有するジャワガムランフルセットの名前、また、その楽器で練習をしているグループの名前です。
 ティルトは「水」、 クンチョノは「金のきらめき」。「さざ波」のイメージをジャワに伝えて命名されたものです。
 活動を通じて地域に多様な音楽文化や、異文化体験の機会を創り出すことを目的としています。伝統的な楽曲のほか、現代の作品や創作にもとりくみ、西洋音楽とはことなったしくみの音楽を体験できます。初心者でも参加出きるパートがあるのも楽しいところ。
 誰でも参加できます。子どもも楽しめます。

 練習日は毎週水曜日午後7時ごろから。
 指導 中川真 マルガサリ
 名誉顧問 スニョト(インドネシア国立芸術大学)
 詳しくは碧水ホール(担当中村 0748-63-2006)まで。
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