小児期からの生活習慣病予防への取り組み

このWebページは滋賀県医師会学校医部が発行した「小児期からの生活習慣病予防への取り組み」と題するパンフレットから作成しました。

I 小児期における生活習慣病(小児成人病)とは

子どもと大人の病気の関係については、大きく3つに分類できます。まず1つ目は、先天性甲状腺機能低下症(クレチン病)のように、小児期に発症して大人になっても治療を継続しなければならない病気です。2つ目は、本来大人の病気であったもの、たとえば胃潰瘍や高血圧といった病気ですが、これらは、どういうわけか、だんだん発症年齢が早くなっている(むずかしいことばで言えば、発症が若齢化している)病気です。そして3つ目は、心筋梗塞や脳卒中のように、本来成人の病気と考えられていた病気が、小児期からその病変が進行し、成人になって発症するということが判明してきた病気です。一般に小児成人病というのは、この2つ目と3つ目の病気を指します。そしてこのような病気は、その人の食事や運動といった生活習慣と密接な関係があることから、生活習慣病とも言われています。

II なぜ小児期から

日本人の死亡原因の第1位はがん、2位は虚血性心疾患(主に心筋梗塞)、3位は脳血管障害であり、これら3つの病気は3大成人病と呼ばれています。ところで、第2位の虚血性心疾患(心筋梗塞)は、心臓に栄養素を送っている冠動脈の動脈硬化が、そして第3位の脳血管障害も脳の動脈硬化がその主な原因となっています。それでは、動脈硬化は何歳頃から始まるのでしょうか。昭和25年に起こった朝鮮戦争で次のようなデータがあります。外見上健康な若いアメリカの兵隊さんが戦死した場合、すべて解剖するようですが、そのとき若い兵隊さん(平均年齢24歳)のうち、70%以上の兵隊さんがすでに動脈硬化を 起こしていたようなのです。この驚くべきデータは、その後のアメリカでの心臓病予防へ向かわせる原動力になりました。また、このデータは24歳以前にすでに動脈硬化の発症が始まっていることを物語っています。では、何歳頃に最初の動脈硬化が始まるのでしょうか。これを解明するために、さまざまな病気で亡くなった小児の解剖例を見てみると、アメリカ人のみならず、日本人でも10歳、すなわち小学校4,5年生の小児で90%から100%に動脈硬化の初期病変である「脂肪線条(fatty streak)」が認められたということです。すなわち、動脈硬化は病理学的には小児期に発症するようです。このため、虚血性心疾患や脳血管障害の予防は成人期からでは遅く、小児期から取り組まなければなりません。また、これらの病気が小児成人病と呼ばれる所以はここにあります(図1)。

III 動脈硬化の予防は

動脈硬化がなぜ起こるのか? この原因についてはまだ不明な点が多く、現在わかっていることは、どのような人が動脈硬化を起こしやすいかということです。血液中のコレステロールなどの脂質が高い人(高脂血症)、肥満、高血圧、糖尿病のある人、家族歴のある人、喫煙する人が動脈硬化を起こしやすいのです(図1)。この高脂血症、肥満、高血圧、糖尿病、家族歴、喫煙などを動脈硬化症の危険因子と呼んでいます。このため、これらの危険因子から子どもを守ることが、将来子どもたちを第2、3位の死亡原因である心筋梗塞や脳血管障害から守ることになるのです。小・中学生で、肥満度20%以上の頻度は約6〜8%、収縮期血圧が140mmHg以上の頻度は1〜2%、糖尿病の頻度0.01%以下であるのに対し、血清コレステロール値が200ng/d1以上を呈する小学生、中学生の頻度は、滋賀県ではそれぞれ約17%、10%でした(表1)。このような結果から、動脈硬化を予防するには、高脂血症と肥満に対する予防対策が重要となります。

IV 小児高脂血症の予防・治療は

高脂血症の予防・治療とは、血中のコレステロール値を正常値に保つことです。これには、食事療法、運動療法および薬物療法がありますが、小児では食事療法と運動療法が主体で、薬物療法については現在のところ小児に対してコンセンサスの得られた方法はないようです。

  1. 食事療法

    血中のコレステロールは、食事の中にふくまれるコレステロールのほかに、脂肪、糖質、タンパク質から肝臓でつくられます。ここでつくられたコレステロールは、比重の一番軽いリポ蛋白、すなわちVLDLコレステロールとして血中に放出されます。このVLDLからしだいに脂肪酸が遊離し、LDLコレステロールとなり、このLDLコレステロールが血管壁に取り込まれるために動脈硬化を起こします。また、ほかの血中のLDLは肝臓に再び取り込まれ、肝臓で取り込まれたLDLは胆汁となり消化管に排泄されます(図2)。このため、高コレステロール血症の治療は、食物中の脂肪、タンパク質、炭水化物をバランスよく摂ることにより、肝臓でのコレステロールの過剰な生成を押さえようとするための食事療法を行います。この食事療法を行うにあたって、食物中のタンパク質(P)、脂肪(F)、炭水化物(C)をバランスよく食べる指標として「PFCバランス」ということばがあります。これは、必要なカロリーをタンパク質は12〜13%、脂肪が20〜30%、炭水化物が57〜68%の割合で摂ることが適量とされています。ところが、わが国の5歳の小児の年次別PFCバランスを見ると、1952年には脂肪が12.6%であったのが、1970年には28.4%、1982年には33.8%となってきています。日本人、とりわけ小児のこのような脂肪の摂りすぎが、小児の血中コレステロール値を上昇させているものと思われます。このため、とくに脂肪の摂りすぎに注意する必要があります。

  2. 運動療法

    運動は、エネルギーを消費することによりコレステロールの産生を抑え、一方、善玉コレステロール(HDLコレステロール)を増加させ、動脈硬化を予防します。1時間運動した場合のエネルギー消費量は、ゆっくりした歩行で160kca1、ふつうの歩行で200kca1、急ぎの歩行で270kca1、エアロビクスやジャズダンスで300kca1、ゆっくりとした水泳で360kca1となります。この数値を見ると、スポーツジムヘ通わなくても、急ぎ歩行を心がければけっこうな運動療法をしていることになります。また運動療法の場合、楽しく継続できる運動を選ぶことが大切です。とくに小児の場合は、歩いて通学し、体育の時間や遊びの時間に十分に体を動かしていれば運動量は十分だと考えられます。 *血中のコレステロールこは、主にLDLコレステロールとHDLコレステロールがあります。先に述べたように、LDLコレステロールは血管壁に蓄積していくコレステロールであり、動脈硬化を促進させるはたらきがあります。また、HDLコレステロールは、血管壁に蓄積したコレステロールを取り除くはたらきをするコレステロールで、このため「善玉コレステロール」と呼ばれています。運動することによってこのHDLコレステロールが増加すると言われています。

  3. 薬物療法

    大人の高脂血症に対しては、メバロチンやリポバスといった薬が使用されています。この薬は、食物から肝臓でコレステロールが生成されるのですが、その生成される過程で、アセチルCoAからコレステロールになる部分を阻害することにより、コレステロールの産生を抑える治療薬です。この薬は小児での安全性は確立されていないので、小児科領域では現在のところ使用できません。先に述べたように、コレステロールは胆汁として体外に排泄されます。小児科ではこれを助けるコレスチラミンを使用することがありますが、飲みにくい薬です。


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